「一日に一人か二人」が当たり前になった
以前は、外国人の患者さんが来院されることはめったにありませんでした。ところが今は違います。当院では、一日に一人か二人は必ずと言っていいほど外国籍の方が受診されます。数年前には想像もしなかった変化です。
歓迎したい気持ちはあります。ただ、現場では正直なところ、対応に苦慮する場面が増えているのも事実です。今回は、きれいごと抜きに、歯科医院の窓口で何が起きているのかを書いておきたいと思います。
なぜ増えたのか — 円安と「安い日本の歯科医療」
理由ははっきりしています。日本の歯科医療費が、諸外国と比べて圧倒的に安いからです。
公的医療保険が適用されれば、患者さんの窓口負担は原則3割。むし歯の処置も、抜歯も、根の治療も、数千円で済んでしまいます。同じ処置を欧米やアジアの一部の国で自費で受ければ、桁がひとつ違うこともめずらしくありません。そこに歴史的な円安が重なりました。海外から見れば、日本の医療は「バーゲンセール」の状態です。
そしてもうひとつ。日本に一定期間滞在する外国人の方は、公的医療保険に加入できます。在留期間が3か月を超える方は国民健康保険の対象になりますし、企業に雇用されていれば健康保険に加入します。技能実習生の方々も同じです。
つまり、日本にいるあいだに歯を治してしまおうという発想が生まれるのは、経済的にはきわめて合理的なのです。責めるつもりはありません。私が逆の立場でも、同じことを考えるでしょう。
現場で起きている三つの困りごと
1. 予約が守られない
キャンセルの連絡が入らない。予約時間に遅れてくる。歯科は一人ひとりに時間枠を確保して診療を組み立てますから、無断キャンセルが一件出ると、その時間はまるごと空いてしまいます。悪気があるわけではなく、「予約時間を厳密に守る」という習慣そのものが文化として共有されていないのだと思います。
2. 言葉が通じない
日本語がほとんど話せない。英語も通じない。この組み合わせの方が、一人で来院されます。
歯科治療は、痛みの場所や性質、既往歴やアレルギーの有無、麻酔の可否、治療方針の選択肢とその費用 — こうしたことを一つひとつ確認しながら進める医療行為です。会話が成立しなければ、そもそも安全に治療を始めることができません。
3. そして、文字が読めない
いちばん困るのがこれです。翻訳アプリを使えば何とかなるだろうと、こちらもスマートフォンの画面を見せます。ところが、その文字が読めない方がいらっしゃるのです。
日本で診療していて、「文字が読めない患者さん」に出会うことは、まずありません。しかし国によっては識字の状況が異なり、母語であっても読み書きが難しい方がおられます。翻訳という手段そのものが成立しない。この事実に直面したときの現場の無力感は、経験しないとなかなか伝わらないと思います。
当院の方針 — 通訳の同伴をお願いします
こうした事情から、当院では次のように取り扱うことにしました。
意思の疎通が困難な方については、通訳できる方の同伴をお願いしております。同伴がない場合、通常の診療をお受けすることができません。
これは、外国籍の方を排除するための決まりではありません。説明と同意(インフォームド・コンセント)が成立しない状態で歯を削る、抜く、麻酔をするという行為は、医療安全の観点から容認できない — その一点に尽きます。何を治療されるのか理解しないまま処置を受けることは、患者さんご本人にとっても大きなリスクです。
職場の同僚の方、監理団体の担当者の方、日本語のできるご友人 — どなたでも構いません。一緒に来ていただければ、私たちは全力で診療にあたります。
時代の流れの中で
円安が続くかぎり、この傾向は変わらないでしょう。医療にかぎらず、日本のあらゆるものが「安いから」という理由で外から求められる時代に入りました。それ自体は悪いことではありません。しかし、安さの原資が現場の負担でまかなわれているのだとしたら、それは長続きしません。
制度の設計は国が考えることです。私たち一つの歯科医院にできるのは、目の前の患者さんに、安全で確実な医療を届けることだけです。そのために必要なお願いとして、通訳の同伴をご理解いただければと思います。
医療法人社団敬友会